さて、19992年、工学部への進学者が最も多かった年ですが、現在の進学者はそのときの半分以下となっています。それに対して機械電気系の有効求人数は増えており、倍率で申しますと4倍に跳ね上がっています。ですから、皆さんにとっては誰でも就職できるような恵まれた状況になっております。ところが、逆に産業界側は技術者の質が低下するのではないかと、それを懸念しています。最近盛んに産業界や企業側は「エリート」が欲しいと言っているのも、そんな事情が影響しているのかもしれません。したがって、企業が就職時に学部卒よりも大学院修了者を重視する傾向は今後さらに強まることでしょう。
ところで「エリート」と言われて昨今我々が思い出すのは、TVクイズ番組に出てくる「エリート」ではないでしょうか。日本では過去に何度かクイズ番組の流行がありましたが、最近のクイズ番組の流行は「お馬鹿」と呼ばれるタレント達が珍妙な回答をするという趣向が喜ばれたからでしょう。「お馬鹿」と呼ばれるタレント達はそう言われながらも、それを武器に大いに儲けているので宜しいのでしょうが、「エリート」と呼ばれるタレント達は「お馬鹿」の引き立て役となっているだけで、かわいそうな存在に見えてなりません。
何故かわいそうかと考えてみますと、クイズ番組で出される問題が単に単語での回答を求めるだけのクイズである場合が多いからではないでしょうか。単語での回答が合っているだけで「エリート」と呼ばれ続けるのは結構つらいものがあるはずです。たとえば、今年のサミットはどこで開かれるのでしょうか?という問いに<洞爺湖>という単語だけを答えさせるというのは、ある意味で円周率を3.14と答えさせるのと同じです。3という回答は非常識で、3.1415は屁理屈だと言われる訳ですが、実際には暗算をする場合には3を使いますから3は正解ですし、精度の高い数値が欲しい時には小数点以下3,4桁の数を使いますから3.1415も正解です。正解は一つだけでは無いわけで、重要なことは、どうしてその答を回答としたのか、答を得るに至った理由や根拠が大切なはずです。その大切な理由や根拠を言わせずに、単語だけで「エリート」に回答をさせて、それが予めTV局側が用意した答えと合致し続けているから、「エリート」だと評価されるのは、単なる「エリート」の記憶装置としての評価に過ぎず、「エリート」がかわいそうでありません。
通常、皆さんが解く問題は最後の答えだけではなく、どのようにしてその答えが得られたのか、その根拠を求められます。アルゴリズムを当てはめるだけの問題は単語での回答と大差ありませんが、研究のようにアルゴリズムの分かっていない問題は、各自が独自に考え、たとえば帰納的に解いたりしなければならないために、回答の根拠によって正しさの強弱が判断されます。強い根拠に基づいた回答をする人が「エリート」だったはずです。
白馬は馬ではないという故事成句があります。白馬は馬に属する動物ですから馬に違いないのですが、たとえば、白馬の騎士という言葉がありますし、童話で王子は必ず白馬に乗って表れます。多くの人々にとって白馬は美しくてきれいですから、特別です。そうしたことから、人間にとって白馬がどういう存在なのかということを考えて、白馬は馬とは違うという根拠を導き出します。この考え方って、工学の考え方に近いですね。ほら、工学では白い電化製品;洗濯機や冷蔵庫をほかの電化製品と区別して、白物家電と呼ぶことがありますから?
もし一番優秀な「エリート」が、単語での回答をもっとも沢山正確に言う人だと仮定したら、たぶん、ネットワークで繋がったコンピュータは人間よりも沢山の正解を出すことでしょうから、コンピュータの方が一番優秀な「エリート」より優秀だということになります。極端な話、どこかの外国が、日本語を音声認識して日本語で音声出力するコンピュータを作ったとしたら、そのコンピュータは日本の一番優秀な「エリート」より賢いということになりかねません。TVクイズ番組で「エリート」というものを単語の回答の正解数だけで決められるという誤った信仰を植えつけないように、そしてそれが日本の教育に弊害を及ぼさないことを祈るばかりです。
産業界は「エリート」が欲しいと言っています。その「エリート」という言葉が意味するものは何なのでしょうか?某社は強いカメラから複写機などの事務機器に強さを移行させました。別の企業は強いオートバイから軽自動車に強さを、新興国で特段にシフトさせました。ある会社はトランプメーカからTVゲーム機メーカに強さを移動させました。将来、自動車メーカがその強さをロボットや小型航空機に移し、ロボットメーカや航空機メーカに変わっても不思議ではない状況に現代はあります。そのように類推してみると、企業側が言う「エリート」とは、企業の強みの在り処を変化させることのできる人を指すのではないでしょうか。TVクイズ風に「何に変化させるのか」を出題したとすると、この場合、重要なのは答えそのものではなく、回答の拠りどころとなる根拠であるのは明白です。ですから、強い根拠を示すことのできる人が「エリート」だと考えるのが自然でしょう。
現在、皆さんは、知識を増やしてやろうと意欲満々だと思いますが、「エリートを目指す知識」というのもあるかと思います。大学院入学にあたってもう一度どんな知識を増やすのか、考えてみるのは宜しいことではないでしょうか。以上、とりとめのない話をしまいましたが、これをもって御祝いの挨拶にかえさせて頂ければ、と存じます。皆さん、本日はご入学おめでとうございます。